成果物:ワーキングペーパー成果物の政策へのフィードバックをめざして 3

成果物の政策へのフィードバックをめざして

科学技術イノベーション政策に関わる諸研究

3.科学技術イノベーション政策に関わる諸研究

—— STIGが自律的に行った研究の概要(の一部)

これまでSciREX主導のもとでSTIGが担当した代表的な研究プロジェクトを紹介してきました。それとは別にSTIGが自律的に行ってきた研究プロジェクトがあります。今回はその一部について、テーマや内容などを紹介します(※ほかの研究者による研究は今後さらに取り上げてまいります)。

◆ データの活用・管理とイノベーション創出の実証的研究

鎗目 雅(現在:香港科技大学公共政策学部 准教授) ※2013年4月~2016年12月STIG在籍

重点課題をふまえた研究プロジェクトでは、データの利用、管理、取り扱いなどについていろいろな研究を行ってきましたが、この分野はこれからますます重要になります。今、香港科技大学で手がけている研究の一つは、データの活用とイノベーションに関してです。特に中国は国家が中心となって公的データを包括的に管理しているので、どのような企業が政府のデータをどう使い、どのような分析をしているか、そして実際にどのようなイノベーションにつながっているかなどを少しずつ調べはじめています。そういう意味では、民間企業のデータが分散している国、国家の情報管理が強い国、プラットフォームの企業が非常に強い国などによって違いが生じる可能性があり、日本、アメリカ、中国、ヨーロッパも含めて比較分析をしたいと考えています。

また、データをどのように国際的に共有しつつ、一方でプライバシーやセキュリティに配慮しながら取り扱うかが重要になっています。そのためG20のグローバル・スマートシティ・アライアンスの中で、テクノロジー・ガバナンスのグループに関わり、実際にポリシー・ロードマップを作成して、いろいろな都市でテストすることによって経験を共有し学習していくことを重視しています。

◆ 独創的な知識や人材の創出基盤及び生成プロセスに関する研究

柴山創太郎(東京大学未来ビジョン研究センター 客員研究員)

「科学技術イノベーション」という対象を研究する上では、それを特徴づける概念として、斬新さ・独創性といったコンセプトに着目することが重要であると考えています。他人とは異なるユニークなアイデア、過去に存在しなかった新しい価値を生み出す力がイノベーションの根幹にあると考えるからです。私の最近の研究は、「独創性(Originality)」を中心に据えて、独創的な「知識の生産」、独創的な「人材の育成」という二つのテーマに取り組んでいます。

知識の生産に関しては、まず「独創的」な知識を識別・測定するため、科学者・研究者による文書化された成果物(論文・特許等)を分析するのですが、最近は自然言語処理や機械学習を取り入れた手法の開発に取り組んでいます。また、知識生産について深く理解するためには、そのプロセスの細部を把握する必要があります。そこで、研究者によるアイデアの着想から、試行錯誤を経て最終的に成果物に至る一連のプロセスを追跡するためのアプリケーションを開発しました。これらの方法を用いて、独創的な知識が創出される環境について理解を深めていきたいと考えています。

もう一つの人材の育成に関しては、独創的な人材創出の環境を明らかにするために、研究者が大学・大学院で経験した教育・研究環境を調査した上で、その後10−20年のキャリアを捕捉し、独創的な知識生産に対する長期的効果を評価しようとしています。この4月から共進化プロジェクト第二期が始まり、スウェーデンでも類似のプロジェクトが開始されているので、将来的には日本との国際比較も行っていきたいと考えています。

4.既存研究の充実と新分野への発展を

—— これまでの成果と今後の展望・課題

❖ 成果物の社会各分野へのフィードバックの推進

当初からの問題意識は、科学技術イノベーション政策の成果物をフィードバックするために、政策担当者をはじめ社会の多様なステークホルダーとどう連携するか、ということでした。そのためSTIGでは、プラットフォームセミナーやPoPセミナーなどを開催し、実務的な観点から、各界の専門家、企業家や行政官を招いて講演してもらうとともに、ネットワークを構築する試みを継続的に行っています。こうしたセミナーには、政策担当者が政策決定をするための思考トレーニングができる社会的な場を提供するという意味でも意義がある取り組みと言えるでしょう。このような機会を継続させることによって、さらに多様なネットワークを構築し、成果物をフィードバックしやすい環境を整えていくことが重要です。

❖ 大学間重層的ネットワークの外交的意義のアピール

さまざまな研究プロジェクトを通じて、国内、海外の大学、機関、組織との間でネットワークが構築され、政府レベルの外交以外の面で機能していることは大きな成果と言えるでしょう。たとえば、宇宙分野では、JAXAを通じてAPRSAF(アジア・太平洋地域宇宙機関会議)というネットワークが形成され、多様な活動が展開されています。またベトナムへの協力は、政府レベルではJICAを介して行われていますが、実働部隊は大学関係者が多く、こうした重層的なボトムアップのネットワークが大きな役割を果たしています。これらについては、当事者間では理解されていますが、さらに客観的なエビデンスを提供していくことが今後の課題になるでしょう。短期的な経済活動重視のネットワークだけではなく、大学を核とする長期的なネットワークづくりに外交的な意味があることをアピールしていく必要があります。

❖ 国際的テーマの展開(安全保障、データの取り扱い方等)

すでに述べたように、データの経済的価値の高まりとともに、データの相互利用・管理が大きな問題になってくる一方、今回のコロナワクチンのように、公共の利益のためのデータの共有・管理など国際的にきわめて複雑な状況が生じており、このテーマは今後さらに重要になってきます。

STIGはこれまで国際的なテーマはあまり手がけてきませんでしたが、安全保障、宇宙分野などをはじめ、国際政治やジオポリティクスなどとの接点が大事になってくると思われます。おそらく今後は、特に科学技術政策においては、研究開発の進展が目覚ましい中国を含む諸外国から基礎研究を含めて様々な情報をどう収集し分析していくか、どのように多面的で重層的な関係を作っていくかが日本にとって極めて大きな課題になるはずです。そういう意味では、共進化のようなプロジェクトを通じて、国内だけではなく、国際的な制度設計も含めて、海外とのつきあい方の研究に積極的に取り組むことが求められています。

東大における科学技術イノベーション政策に関わる研究は、産学連携、リスクガバナンスやリスク規制、サステナビリティ、宇宙など、STIG開始以前から追究してきた基幹的分野が根底にあり、それらが重点課題や共進化実現プロジェクトにも発展的に継承されるとともに、新しい研究分野やテーマも生じています。今後もこれらの成果をベースに、上に述べたような課題をふまえて展開していく予定です。