ポリシープラットフォームセミナー
10.01.2014

【開催報告】第26回PoPセミナー/ガバナンスにおける社会的空間-福島のこれから


第26回Policy Platform Seminar
「ガバナンスにおける社会的空間-福島のこれから」
Social Spaces in Governance – For the future of Fukushima

日時:2014年10月1日 10時-13時
会場:東京大学本郷キャンパス法学政治学系総合教育棟404教室
<プログラム>
司会進行:松尾真紀子(東京大学)
Opening remark:城山英明(東京大学)
キーノート:
– Arie Rip教授(University of Twente)
 「政策とガバナンスのための空間というアプローチ -Spaces as an approach for policy and governance-」
プレゼンテーション:
– 鈴木 浩(福島大学名誉教授)
「ガバナンスにおける社会的空間 -ふくしまの原子力災害を契機に-」
– 松本行真(東北大学災害科学国際研究所准教授)
「被災コミュニティの諸相」
– 標葉隆馬(総合研究大学院大学助教)
「東日本大震災をめぐるメディア言論の変化―言論空間におけるupstream engagementの可能性と課題」
パネルディスカッション:
‒ モデレーター:吉澤 剛(大阪大学大学院医学系研究科)
‒ ディスカッサント:山口富子(国際基督教大学)ほか登壇者

【開催概要】
– Arie Rip教授(University of Twente)「政策とガバナンスのための空間というアプローチ -Spaces as an approach for policy and governance-」

科学技術政策、とりわけ科学のための政策(policy for science)の文脈から理論的考察を行ってきた「空間(space)」の概念について紹介。リップ氏の考える空間とは、政策意図を持った政策決定者によって形成されるような明示的な物理的な組織や制度に限定されるものではなく、むしろ多様なアクターによって現象として生じる「場」であり、自由度のなかで一定の調和をもつものである。こうした空間の制度化は不確実性を減じることで方向性において確証を与え生産性も高まるかもしれないが、それによって、新しい芽が生まれる土台(アフォーダンス)を失わせてしまう。これはオープンイノベーションの議論の文脈において特に有用な概念と考えられる。こうした「空間」の具体的なイメージとしては、産学官連携やEuropean Technology Platforms、IPCCなどが挙げられる。

– 鈴木 浩(福島大学名誉教授)「ガバナンスにおける社会的空間-ふくしまの原子力災害を契機に-」
復興プロセスにかかわる中で直面する課題について論じた。復興過程は原発由来の要因が入ることによって長引いており、国・地方自治体・市町村・個人と多層的な問題構造において共有すべき社会的価値観についての議論の未成熟、コミュニティにおける分断、不十分な情報共有といったことから、ガバナンスが機能していない。こうした弊害は、除染政策を他の政策選択肢よりも優先させ、新たな安全神話を構築している事例に表れている。情報共有のプラットフォームや住民参加を可能とするラウンドテーブルのような場によって一人一人の生活再建と地域・ふるさとの復興がなされないといけない。震災から3年がたって、海外の方がむしろ放射線災害に対する取り組みが検討されているものの、日本は危機への備えに対して前進が見られない。

– 松本行真(東北大学災害科学国際研究所准教授)「被災コミュニティの諸相」
外から見た被災地と被災地側の認識のギャップについて事例を交えた問題提起を行った。「福島」、「ふくしま」、「フクシマ」など、それだけでも語る人の多様なイメージを想起させる。東日本大震災級の大きな被災があると、「外」からの視点では、社会やガバナンスのあり方も変わらなければならないのではという押しつけ的な見方や報道があるが、実際の現場はそれ以前から継続的にある資源や構造の延長にあり、よくもわるくも「外」が期待するほど変わっていない。また、地区ごとのコミュニティ活動の多様性にも注意しなければならない。いわき市の沿岸地区である豊間には新たな民間団体が中心となって市民会議を設立して若い世代の取り込みを図りながら「社会的空間」の可能性を提示する一方、平時対応をしがちな地域行政や、震災前の地域リーダーが震災後形成されたコミュニティを率いていることなどもあり、福島のコミュニティの様々であるといえる。

– 標葉隆馬(総合研究大学院大学助教)「東日本大震災をめぐるメディア言論の変化―言論空間におけるupstream engagementの可能性と課題」
全国紙、地方紙、ソーシャルメディアなど多様な形態の情報/メディアの分析から、いかに全国レベルでの関心事項と被災地レベルの関心事項にギャップがあるのかを示した。このギャップは被災当時から存在したが、時間がたつにつれ、被災地への関心が薄れる中、被災地における現在進行中の問題と新たな問題とその薄れた関心のずれはますます増大している。人々が忘却しやすい震災の話題は新聞が下支えしているものの、ソーシャルメディアは芸能などエンターテイメントの話題が震災後すぐに回復し、日常回帰の速度が特徴的である。また、全国紙・ソーシャルメディアと地域紙におけるフレーミングの相違もあり、これら構造的課題を埋めるために事前からの関心共有、周辺からの議題構築、リアルタイムな議論が鍵になる。

【パネルディスカッション】
‒ ディスカッサント:山口富子(国際基督教大学)
震災復興に向けた除染をめぐり多様な関係者によるコミュニケーションへの可能性は人々に理解されているが、こうしたプログラムは様々な社会的な諸力、日常生活の現実にとらわれ、計画通りには実施されえないことが間々ある。しかし、震災後に生じた深刻な正統化の危機(legitimation crisis)は、対話のための社会的空間を創出する機会をもたらしているといえる。各発表を受けて、社会的・文化的に意義のある空間を設計するための以下の3点を指摘したい。
1. リップ氏によれば「空間」の形成段階として、第1段階はまず人々が集まって何かをするための場が生まれる。第2・第3段階ではその空間の目的や交流、正統化のためのルールや、誰・何が含まれるかといった境界線が認識され、第4段階では空間の制度化が内外で起こる。福島の状況を見ると、第1段階は起きているが、第2・第3段階ははっきりせず、第4段階は実現していない。政府は市民団体などによる社会的空間を認識しておらず、内部からの制度化はあるかもしれないが、外部からはなく、認識されていない。
2. 福島の状況の複雑性は科学技術的、経済的、政治的要素からもたらされるばかりでなく、社会的・文化的な諸力によって予測不能なものになっている。福島産の食品に対する風評被害もその一例で、対話のための空間の設計においては地元住民の複雑な社会経験を認識・理解する必要がある。市民は自らの懸念や疑問や見解を自由に示せる場所を必要としているものの、そうした空間は見えないところに潜むか、表に現れたところでは侵害や抑圧を受けた感じを受ける。
3. 対話のための空間、特に「市民関与の空間」を設計する場合、熟議過程は科学的知識とその他の知識との階層的関係性に影響されることにほとんど注意が払われていない。福島の事例ではより対立構造が複雑化しており、人々が意見や考えを表明する場がないために自治体と地域住民とのコミュニケーションが欠けているように見える。
DSC07127
DSC07142

‒ モデレーター:吉澤 剛(大阪大学大学院医学系研究科)
フロアからは、100年かかる除染計画などを考えると、社会的「空間」とあわせて「時間」にも注意すべきではないかというコメントがあった。また、福島におけるローカルナレッジはどのようなものがあったかという質問に対して、登壇者から仮設住宅における放射線量や「復興」の文化知、現場の専門家の知識、SPEEDIの語られ方などの事例が挙げられた。また、2002年に原子力災害対策をまとめた報告書が福島県の行政内部で作成されており、言わばローカルナレッジとして関係者には共有されていたものの地元住民に周知されていなかったという実態も紹介された。以上の議論を踏まえて、モデレーターより社会的空間の議論と実践にかかる以下の3点が課題に挙げられた。
1. 社会的空間と既存の制度や空間との接続。リップ氏の言う「科学のための政策(policy for science)」における社会的空間であれば、制度によってオーソライズされ保護されるが、そうではないボトムアップ的な社会的空間はどこかで制度に担保されたトップダウンの空間と接続されなければならないのではないか。山口氏のコメントにあるように、福島の社会的空間で第2段階以降が実現していないのは、空間のルールや境界線をオーソライズ・保護する仕組みがないためのように見える。鈴木氏の掲げる情報プラットフォームやラウンドテーブルの制度化、あるいは松本氏の問題提起した市民会議の町内会や市役所との接続に関わる論点である。
2. 社会的空間に参加する人の責任や信頼の所在。参加する人は現在の肩書きを越えられるか、あるいは上手に利用することができるかが鍵になっている。地元コミュニティでの世代間ギャップや地縁という話は、今まで持っている人間関係に引きずられることを示しており、それらから自由な社会的空間の成立の難しさを表している。同様に、社会科学者がどのようにこうした社会的空間に入って研究をすることができるか。「調査公害」と揶揄されるような、被災者の感情を逆なでする研究態度は望ましくない。しかし研究者が研究対象を自由に選択できる状況で「責任ある研究」を掲げることは欺瞞的にも見える。
3. 情報・言論空間における内と外。松本氏・標葉氏の発表では内と外との震災の語られ方の違いに焦点が当てられた。ここで外での語られ方をどう評価するか。内=現場では普通に生活しているという事実を外に伝えることで、その訴求力のなさゆえに外から忘れ去られることは良いのか。外ではナショナル・グローバルなスケールでの語りがあるということから、現実を語る場としての内側に対して、鈴木氏の言うように大きく理念を語る場、未来に向かう仕組みとしての外側のあり方が問題なのかもしれない。

上記の課題に対するパネリストからのコメントをまとめると以下の通り。
 課題1に対して、情報プラットフォームやラウンドテーブルは地方自治体レベル、地域コミュニティの制度的枠組として考えてきたもので、福島県の総合計画に携わってきた上での可能性として捉えている。また、日本では一般市民が都市計画に関わる機会がなかったが、「まちづくり」を考える人が少しずつ増えてきたので声を発していかなければならない(鈴木氏)。
 課題2に対して、被災地における調査公害を避けるためには、研究者各人が既存の調査研究の全体的なマッピングをした上で、自らの調査の位置づけを明らかにすることが大事。現状は専門家が多く入っている地域と入っていない地域とのギャップがあり、復興格差が起きないようにある種のルールが必要である(鈴木氏)。福島に関する研究の文脈では社会科学におけるアクションリサーチの必要性は感じており、地域に対して研究者はものごとの決め方を提案する中で信頼関係を構築していくことがよいのではないか(松本氏)。
 課題3に対して、外での情報の流れ方については、たとえば大飯原発再稼働の伏線としての2011年12月16日の原発事故収束宣言など、流れない情報があるということの方が懸念される(鈴木氏)。外ではどういう情報が押し出されて流されなかったかを見ると、東日本大震災では明らかに原発に押されて地震・津波報道が少なくなっている。また、報道された地域を見ると被害規模と報道量が相関していないことも問題。内と外、理念と現場のどっちということではなく、それらは相補的であるべきで、そのときどきの場を作ることが重要であろう(標葉氏)。

今回のワークショップは科学技術政策や科学技術社会論に関わる研究者が、福島の現場に携わる異分野の研究者との知識交流を深める目的で開催したという意味で、新たな社会的空間の創出の一つとして見なすことができる。ただ、これは第1段階であり、こうしたダイナミックな空間を継続的に維持するためのルールや境界線、さらには制度化をどう描いていくかは参加者への宿題として残されている。それでも、ワークショップを通じて得た福島に関わるための知恵と契機は、現場から遠のきがちな科学技術イノベーションに関わる研究者に心強さを与えるものとなった。

主催:東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット,JSPS東日本大震災,共同事実確認手法を活用した政策形成過程の検討と実装(iJFF)研究開発プロジェクト
協力:科研・挑戦的萌芽「生に関するゆるやかなガバナンスのあり方」
※科学技術イノベーション政策の科学教育プログラムでは、産・官・学をつなぐプラットフォーム構築の場として、Policy Platform Seminar(PoPセミナー)を開催しています。