ポリシープラットフォームセミナー
05.07.2014

【開催報告】第21回PoPセミナー/第6回健康・医療戦略ラウンドテーブル:米国における医療機器開発をめぐる最近の改革


第21回PoPセミナー/第6回(特別回)健康・医療戦略ラウンドテーブル

世界一のシンクタンク研究者に聞く 米国における医療機器開発をめぐる最近の改革-日本の将来を考える
Thinking Japan’s Future with an outstanding researcher from the Brookings Institution, through Recent Reforms in the U.S. medical device developments

日時:2014年5月7日(水)14:00~15:30
会場:伊藤国際学術研究センター地下1階ギャラリー1
参加費:無料
言語:英語
主催:東京大学 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット

<プログラム>
14:00-14:05 開会の挨拶と講演者の紹介 
  城山英明 (東京大学公共政策大学院 院長・教授、科学技術イノベーション政策の科学教育・研究ユニット代表)
14:05-14:20 グレゴリー・ダニエル氏による基調講演
14:20-15:10 パネルディスカッション
  グレッグ・ダニエル(ブルッキングス研究所経済部局医療政策部門 研究員/マネジングディレクター)
  佐久間一郎(東京大学大学院工学系研究科附属医療福祉工学開発評価研究センター・教授)
  城山 英明(東京大学公共政策大学院 院長・教授、科学技術イノベーション政策の科学教育・研究ユニット代表)
  他二名調整中
  モデレーター 佐藤 智晶(東京大学公共政策大学院/政策ビジョン研究センター併任特任講師/ブルッキングス研究所経済部局医療政策部門 客員研究員)
15:10-15:25 Q&A
15:30 閉会

【開催報告】
はじめに
第6回となる今回のラウンドテーブルでは、医療機器をはじめとする医療関連製品の開発に関する政策の第一人者、Gregory W. Daniel博士をお招きした。今回は、Daniel博士から医療機器の開発に関する規制等について、”UDI”と呼ばれる市販後調査の動向も含めて米国最新の状況を教えていただき、我が国の展望について議論する会となった。

今回のラウンドテーブルは、前回までと同様、ブルッキングス研究所で日常的に行われているセミナーを意識して開催した。実際の政策立案者と関連する実務家ないし研究者を交えて、今まさに起きている問題についてカジュアルな議論を行った。
今回は、パネルディスカッションに3名の研究者をお招きした。医療機器の開発や審査に携わっている佐久間一郎教授(東京大学大学院工学系研究科附属医療福祉工学開発評価研究センター・教授)、技術評価や規制のハーモナイゼーションに詳しい城山英明教授(東京大学公共政策大学院 院長・教授、科学技術イノベーション政策の科学教育・研究ユニット代表)、そして医療機器を含む医療産業政策に詳しい林良造教授(東京大学公共政策大学院・客員教授/明治大学国際総合研究所・所長)にお越しいただいて、日本の状況と照らし合わせて議論を行った。

Daniel博士の基調講演(概要)
今日の講演では、(1)米国における価値に基づく医療への動き、(2)医療機器に関するイノベーションのための主要な変化、(3)医療機器に関するイノベーション推進のための有用な方策、(4)Unique Device Identification (UDI)システムと同システムによる市販後データの効果的な収集
(1)米国における価値に基づく医療への動き
まず、米国ではアウトカムに着目した償還に関心が集まっており、そのためには市販後のデータが極めて重要だということを指摘しなければならない。Shared saving, value based purchasing, hospital group purchasingという仕組みを介して、量ではなくアウトカムベースのより包括的な支払がトレンドになっている。

(2)医療機器に関するイノベーションのための主要な変化
医療機器を含む医療分野のイノベーションが規制と保険償還の影響に大きく左右されていること、市販前の審査期間と保険収載の判断が十分に予見できないこと、基礎研究分野へのベンチャーキャピタルの投資が減っている(欧米ですべてのベンチャーキャピタル投資の4分の1未満の金額が基礎研究に投じられている)ことは、それぞれ最近のトレンドとして挙げることができる。一例として具体的な数字を挙げると、2007年と2008年を分水嶺に、医療分野における年間平均収益の伸びは13パーセントから7パーセントに、平均R&D費の伸びは15パーセントから7パーセントに下落している。その最も大きな要因として挙げられているのは、FDAによる規制である。

近年、医療機器の中で最も成長しているのは、循環器領域と体外診断機器領域である。そのあとに神経領域、整形外科領域と続いている。体外診断機器の伸びは、個別化医療の発展に向けて今後も続くものと予想される。

(3)医療機器に関するイノベーション推進のための有用な方策
世界の主要な国々で進められている医療機器分野の規制のハーモナイゼーション(GHTF/IMDRF)や、米国と日本との間で進められているハーモナイゼーション・バイ・ドゥイーング(harmonization by Doing, HBD)は、規制改革上極めて重要である。
FDAでは、臨床試験の改革(試験開始前の審査に要する時間を従来の60パーセントまでに短縮)、市販後調査の強化と簡易データの利用許容、リスク/ベネフィットの評価に患者のニーズや意見も考慮、患者数の少ない機器のための迅速審査を用意という点が重視されてきた。
FDA以外の連邦機関について言えば、NIHが橋渡し研究を支援しており、CMSでは一部の機器について市販前審査時に連邦の保険償還を検討するパラレルレビューが行われている。
医療機器分野のイノベーションを喚起する方策としては、他にも3つある。具体的に言えば、Medical Device Innovation Consortiumという官民パートナーシップ(http://www.fda.gov/downloads/MedicalDevices/NewsEvents/WorkshopsConferences/UCM381514.pdf)、より早い段階で医療器開発や使用に携わるステイクホルダーが製品開発等について議論できるフォーラム、市販前の審査と保険償還で求められるデータの整理を挙げることができる。

(4)Unique Device Identification (UDI)システムと同システムによる市販後データの効果的な収集
 医療機器のデータは通常のヘルスデータでは補足されておらず、メーカーにとってリコール対応は極めて負担が大きい。そこで近年、市販後調査には電子ヘルスデータを活用することが検討されてきた。2007年の法改正によって市販後調査は強化され、18の保険会社の協力の下で約1億3000万人分のデータが市販後調査に活用されている。大きなデータベースを作るのではなく、各保険会社のデータをつなぎ合わせることで1億人を超える方々の治療に関係する市販後調査を行うことができるようになった。ただし、それでも個別の医療機器までの補足は可能になっていない。そのことは、最近連邦政府に設置されたPatient-Centered Outcome Researchのインフラでも同様である。比較有効性に関する研究のためのインフラであるが、個別の医療器までは補足されていないのが現状である。

FDAは、医学会との協力(STS/ACC TVT Registry™)、官民パートナーシップ(Medical Device Epidemiology Network, MDEpiNet)、シンクタンク主導の検討会(National Medical Device Postmarket Surveillance System Planning Board)(http://www.brookings.edu/about/centers/health/focus-areas/biomedical-innovation/medical-devices-board#recent_rr/)、そしてUDIなどを駆使して医療機器の市販後調査を改善しようとしている。

UDIシステムは、2007年の法改正によってFDAが導入を義務付けられていたが、約6年もかけて規則の具体的内容が議論されてきた。そのくらいの難題だったということである。2013年9月に最終規則が公表され、2014年9月にはクラス3機器、2015年9月には非クラス3の植え込み型機器、2016年9月にはクラス2機器、2018年9月にはクラス1機器にバーコード等の表示規制が義務付けられる。

UDIの導入には、さまざまな有用な利用法を認識することが重要である。たとえば、サプライチェーンでの利用はもちろん、長期にわたる安全性と有効性データの収集、患者のカルテから特定の医療機器の情報収集、患者による情報管理、効率的かつ効果的なリコール、アウトカムデータの収集など枚挙にいとまがない。

市販後調査の実施には負担がかかるものの、迅速な市販前審査にはかかせないし、何よりそこで得られる現実世界のデータはアウトカムに基づく医療の根幹をなす。すべてのステイクホルダーにとって望ましい市販後調査の仕組みとして、UDIは発展しつつある。

まとめ
米国における医療機器政策は、1978年の立法以来ダイナミックに動き続けている。より早く、より安全で効果的な医療を患者により安価に提供するための改革が続いているのである。我が国でも、1978年の米国の立法に匹敵するような薬事法の大改正が2013年12月に完了し、医療機器政策の基礎が構築された。

ブルッキングス研究所でも医薬品政策の研究が主だったところ、近年になって医療機器や医薬品以外の製品に関する研究が増えてきているという。それは、医療がさらに高度化し複雑化するなかで、米国を含む世界で医薬品以外の分野におけるイノベーションが期待されている証拠の1つといえるだろう。
市販後調査の重要性は、誰の目からも明らかであるのに、新たに発生する追加的な負担と見合うだけのインセンティブがなければ、ステイクホルダーとしては市販後調査の強化に踏み出すことはできない。医薬品と比べて、医療機器の開発期間は短く、市場はよりダイナミックに展開しており、医師との関係上、市販後調査はより困難を極める。医療機器そのものの安全性や有効性を切り出すことがそもそも難しいことは、実は市販前の審査時から問題になるが、市販後になるとさらに評価が難しくなるだろう。また、そのような難しさにもかかわらず、患者にいち早くより優れた医療を提供する観点からは、市販前審査の期間はできる限り短くする必要があり、安全性と有効性を確保するために市販後のデータ収集により大きく注力しなければならない。われわれは、皆が納得する形で市販後調査の強化を実現する必要がある。

UDIシステムは、すでに欧米だけでなく中国でも導入が決まっている。市販後調査の強化は我が国でも謳われているところであるが、現実的にどのような形でならば強化策を導入できるのか、有用な利用法やインセンティブの面からさらなる議論は必要だと思われる。

最後に、市販前審査や市販後調査において患者の関与が深まっている現象に言及したい。これは、個別化医療の進展からは当然の帰結である。患者を重要なステイクホルダーの一員として、医療機器を含む健康・医療分野のイノベーションが進展することを願ってやまない。

東京大学公共政策大学院特任講師 佐藤 智晶