リスク対応なくしてイノベーションなし
東京大学に移る前、産業技術総合研究所で15年ほど、主として安全の研究に従事する中で、科学技術イノベーションの推進のもと、安全性やいわゆるELSI(倫理的・法的・社会的影響)問題がその障害となる事例をたくさん見てきました。何か不具合が起きてから対処すれば良かったひと昔前とは異なり、安全が確保されていることを事前に示せなければ、市場で販売することはもちろん、材料や技術をサンプル提供先にさえ受け取ってもらえません。その前に、社内の上層部や品質保証の部署を説得できず、開発部署内でストップしてしまう事例も多いようでした。また、現行の法規制での扱いの不確実性はビジネス上のリスクにもなります。あらゆる新規技術は何らかの新規リスクを伴います。科学技術イノベーションを進めるためには、新規リスクにどのように対処するかが1つの鍵になります。これに対処するためには、社会に出た場合に起こりうる安全・健康・環境への影響やELSIを予測すること(テクノロジーアセスメント)、安全性を示すための手続きを確立すること(レギュラトリーサイエンス)、早期に法規制ギャップを確認し、対処すること(法規制ギャップ対応)などが必要になります。これらはすべて1つの既存の学術分野だけでは対処できず、必然的に学際的アプローチになります。このような作業は、日本において十分に体系立てて実施されているとは言い難い状況です。これまでの安全対策や安全規制のほとんどは何か事故や事件が起こってから、大慌てで策定されています。そうした場合、過度な規制になったり、場合によってはそれだけで開発が一時的にストップしたりします。科学技術イノベーションは、科学技術だけの問題ではなく、それらと社会との関係まで含めた一回り大きな枠組みで考えるべき問題で、そのためには政策的な対応が不可欠であり、それを担うための幅広い知見を持った人材が必要とされています。