【開催報告】第73回STIG PoPセミナー/データ契約の将来と展望では、データ契約やルール作成プロセスやガバナンスの専門家にお集まりいただき、基調講演のあとにパネルディスカッションを開いた。基調講演は、経済産業省商務情報政策局情報経済課の課長補佐で弁護士の二名、安平武彦先生と羽深宏樹先生に加えて、AI・データ利用に関する契約ガイドライン検討会作業部会構成員の弁護士・弁理士の内田誠先生(iCraft 法律事務所)から頂戴し、その後、パネルディスカッションのパートには東京大学大学院法学政治学研究科の城山英明先生に加わっていただいた。
【ポイント】
・21 世紀のデータ駆動型社会は、AIやデータ利用に関する技術的な発展だけでは実現できないー契約等の法的なツールを利用できて、はじめて実現しうる
・イノベーティブな契約書を生み出すことは極めて難しく、世界でも契約書の内容をイノベーティブなものにする試みはなかなかできていない中で、日本におけるAI・データ契約ガイドライン作成の試みは先進的なもの
・必要なプライバシー保護やセキュリティの確保を大前提として、契約自由の原則のもと、データ契約はグローバルな枠組みの中に置かれうる(Data Free Flow with Trust)
【基調講演1および2】
経済産業省のお二方からは、「データの利活用とルール整備」と題する講演の中で、Connected Industriesの推進、AI・データ契約ガイドラインの策定、”Data Free Flow with Trust”の実現に向けてという3つの内容が示された。
Connected Industriesの推進については、データがつながり、有効活用されることにより、技術革新、生産性向上、技能伝承などを通じた課題解決が可能になる、というのが大前提の考え方である。そして、パーソナルデータよりも、産業データの側を重要政策ターゲットとして位置づけているという(もっとも、データ関連制度の整備として、パーソナルデータについてもポータビリティ、情報銀行の認定指針、カメラ画像等の個別の利活用ガイドラインなどの政策がある)。日本には高いIoTのポテンシャルがあり、しかも日本は「社会課題先進国」であることから、第四次産業革命やSociety 5.0においていまだ強みや機会があると考えられている。重点取り組み分野としては、自動走行・モビリティサービス、ものづくり・ロボティクス、バイオ・素材、プラント・インフラ保安、スマートライフの5つが挙げられている。また、横断的な政策としては、リアルデータの共有・利活用、データ活用に向けた基盤整備、さらなる展開(国際、ベンチャー、地域・中小企業)の3つがあり、データ契約ガイドラインの改訂はリアルデータの共有・利活用の中で扱われている。
AI・データ契約ガイドラインの策定については、円滑な契約の締結を促し、ひいてはデータ利活用やAIの開発・利用を促進するものである、という点が重要である。ここでいう「ガイドライン」とは、事業者が従わなければならないルールという意味ではなく、契約の検討・交渉を円滑に進めるための手引きとしての性質を持つ。同ガイドラインでは、データ契約やAIの利用・開発契約を締結するに当たって、当時契約者・関係者が共通で理解しておくべき基礎概念、一般的に検討すべき論点、契約を締結する際の考慮要素、モデル契約等を、参考として提示することにより、当事者間のギャップを埋め、契約コストを削減し、データやAIについて、契約により適切な権利義務を分配してもらうことが予定されている。同ガイドライン案の作成にあたっては、検討会と作業部会が設けられ、検討会における学識者、経済団体、製造事業者、AIベンチャー等からのご意見を踏まえつつ、作業部会において、事業者が持ち込んだユースケースをもとに議論を重ねた。そして、検討会外でも業界団体や個別事業者と意見交換を行うとともに、パブコメを実施し、それらの意見を踏まえた最終版が2018年6月15日に公表されている。同ガイドラインでは、旧ガイドラインに寄せられた意見等を踏まえ、データの取引に係る類型・ユースケースを大幅に拡充するとともに、AIの開発・利用に係る契約の解説を新たに整備した。同ガイドラインは、民間で活用されるだけでなく、分野別のガイドラインを策定する際にも参照されている。さらに、同ガイドラインは翻訳され、英語版契約ガイドラインが近日公表される予定であり、日EUのICT戦略ワークショップ等の国際舞台で紹介されるなど、国際的な展開も進められている。
“Data Free Flow with Trust”の実現については、プライバシー保護やセキュリティの確保は大前提だが、その範囲内で、可能な国同士で、データの自由流通を促進する仕組み作りが必要であるという。言い換えれば、データ越境流通において直面している諸課題に対して、データの自由流通とプライバシー及びセキュリティのバランスを勘案した包括的なアプローチが必要であるという。自国民のプライバシーやセキュリティを確保しながら、どのように他国とのデータ流通を確保していくべきか、各国の知恵が求められている。その前提として、インターネットの自由度とデータの越境移転の制限が国によって異なるという指摘があった。データの越境移転の制限は国によって取扱いルールが異なり、政府によるデータアクセス、インターネットの自由度を評価すると、国により大きな開きがあるという。2019年1月23日のダボス会議において、安倍総理は、「本年のG20サミットを、世界的なデータ・ガバナンスが始まった機会として、長く記憶される場といたしたく思います。データ・ガバナンスに焦点を当てて議論するトラック、『大阪トラック」とでも名付けて、この話し合いを、WTOの屋根のもと始めようではありませんか。」というスピーチをされた。少なくとも「医療や産業、交通やその他最も有益な、非個人的で匿名のデータは、自由に行き来させ、国境など意識しないようにさせなくてはなりません。そこで私たちがつくり上げるべき体制は、DFFT(データ・フリー・フロー・ウィズ・トラスト)のためのものです」という発言もあった。
【基調講演3】
内田誠先生のご講演では、AI・データ契約ガイドラインの中でも、データ編に限定して重要な点をお話しいただいた。強調されていたのは、「データには所有権がないことから、知的財産権で保護されないデータは、契約で利用制限をかけていかないと,そのデータにアクセスできる者が自由に利用することを法的に止められない」というデータの性質である。その上で、そのような自由利用を止めるための手段がデータ契約の本質にあり、データの本質を踏まえて各条項を検討していかなければならない、という。実務上は、個人情報と限定提供データの取り扱いが重要になるという指摘があった。個人情報については、とくにすでに収集してしまっているデータについて取得時に明示していなかった利用目的で利用する場合など,どのように利用可能性を高められるのかという問題が例示された。また、限定提供データについては、平成30年の不正競争防止法改正において導入された新しい概念である。平成31年1月23日に経済産業省から公表された「限定提供データに関する指針」によれば、限定提供データは、「営業秘密」とは区別されており、両者の重複を避けるため、「秘密として管理されているもの」は「限定提供データ」から除外されている。問題は、いわゆる秘密管理性である。契約で相手方に対して提供したデータを秘密として関する義務を課す条項を設けた場合、当該データは,その条項の存在から「秘密として管理されている」ものになるのではなく,当該データが客観的に「秘密として管理されている」かどうかを様々な事情から判断していくことになる、という点が重要であるという。
【パネルディスカッション】
パネルディスカッションでは、上記の基調講演を踏まえてより突っ込んだ議論を行った。AI・データ契約ガイドラインでは、旧ガイドラインとは異なるフレーミングを行い、策定や導入までのプロセスが大幅に変更された。弁護士や弁理士をはじめとする実務家を中心とする作業部会を中心に、ユースケースを活用してより現場間のある、最新の知見に基づいたガイドラインが生み出されたことは大変興味深い。他方、参画する実務家の先生方や、ユースケースを持ち込む産業界への適切なインセンティブ、そしてより適時に時宜にかなった内容を含めてガイドラインを改訂するスキームなどは、今後も検討に値するかもしれない。また、データ共用型、いわゆるプラットフォーム型については、まだB to B領域でのユースケースが限定されており、さまざまな課題が残されているという。たとえば、オープン型のほうが社会的に意義は大きいが、ノウハウに関するデータは提供されず、データがプラットフォームに集まらない可能性が十分にある。また、提供されるデータの種類として、オープンなデータ、ノウハウに関するデータなど様々なデータがプラットフォームに提供されることが予想されるが、データの種類に応じて管理義務や、データの提供方法などの条項にバリエーションを持たせなければならない。プラットフォームからのデータの持ち出しを認めるか否かも論点となりうる。持ち出しを認める場合、契約終了後のデータの取扱いが重要になるし、持ち出しを認めない場合、プラットフォーム上でデータの加工等ができるサービスがなければプラットフォームの意味がなくなってしまう。
さらに大きな問題として残されているのは、データ取引が越境して行われうることから、データ契約が単に国内の枠組みというより、今後はグローバルな視点で議論されうる、という点である。そこでは、データの自由流通とプライバシー及びセキュリティのバランスを勘案した包括的なアプローチが必要である一方、各国の利害調整が欠かせない。
データ契約ガイドラインの意義や今後への期待についても話題に上った。内田先生のコメントを借りてまとめると、「ガイドラインはあくまでオーソドックスな例に対するモデル契約書を作成しているにすぎない。そして、実務では様々な類型のデータ取引が既に存在しているので、様々な類型のユースケースを集め、データ取引に関する議論をより深めていきたい。一般論でいうと、契約の存在自体に秘密保持義務がかけられていることもあり,契約書が第三者に開示できる場合はそれほど多くない。そのときに、今回のようなガイドライン作成の仕組みがあれば、弁護士、企業などから様々な情報が提供され、色々なバリエーションの契約書の作成が可能になる。そういう意味で、今回のガイドラインの意味は大きい。」
実際、イノベーティブな契約書はなかなか生まれない上に、米国でも守秘義務等が邪魔になって契約書の内容をイノベーティブにする試みはなかなかうまくいっていないという論文が公表されている(See, e.g., Kathryn D Betts & Kyle R Jaep, The Dawn of Fully Automated Contract Drafting: Machine Learning Breathes New Life Into a Decades-Old Promise, 15 Duke Law & Technology Review 216-233 (2017))。それにもかかわらず、短期間で、350頁にも上るAI・データ契約ガイドラインが弁護士と経産省をはじめとする事務局の協力で生み出された。このような試みは極めて先進的なもので、とくに弁護士がイノベーションの実現に本格的に寄与する面白い試みといえるだろう。もっとも、国が契約ガイドラインについて今後どこまで、どのようにかかわっていくべきかという視点は常に持ち続ける必要があるかもしれない。民間でも、たとえば、経団連で「AI活用戦略~AI-Readyな社会の実現に向けて~」が公表され、一般社団法人データ流通推進協議会のような組織が設立されているからである。
(青山学院大学 法学部法学科 准教授 佐藤智晶)
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日時:2019年2月25日(月) 18:00~19:30
場所:リファレンス新有楽町ビルY203号室
言語:日本語 / 参加費:無料
主催:東京大学 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット
共催:先端医療のレギュレーションのためのメタシステムアプローチ(JST-RISTEX 科学技術イノベーション政策のため科学 研究開発プログラム)
お申込み:要事前登録。こちらのフォームからお申込み下さい。
(※登録フォームが開けない方、確認メールが届かない方は、メールにてSTIG@pp.u-tokyo.ac.jpまで所属・お名前をお知らせください)
パネリスト(50音順)
内田 誠 iCraft法律事務所(アイクラフト法律事務所)弁護士・弁理士
城山 英明 東京大学大学院法学政治学研究科 教授
羽深 宏樹 経済産業省 商務情報政策局情報経済課 課長補佐 弁護士
安平 武彦 経済産業省 商務情報政策局情報経済課 課長補佐 弁護士
モデレーター
佐藤 智晶 東京大学公共政策大学院特任准教授/青山学院大学法学部准教授
開催趣旨
データ契約への関心が高まっている。日本では、経済活動の糧を「リアルデータ」に求める動きが急である。たとえば、2018年6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018-「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革-」では、サイバーセキュリティ対策に万全を期しながらそのデータ利活用基盤を世界に先駆けて整備することが高らかに謳われている
。端的に言えば、21 世紀のデータ駆動型社会では、経済活動の最も重要な「糧」は、良質、最新で豊富な「リアルデータ」で、データ自体が極めて重要な価値を有することとなり、データ領域を制することが事業の優劣を決するという。ものづくり、医療、輸送など、現場にあるリアルデータの豊富さは、日本の最大の強みであり、サイバーセキュリティ対策に万全を期しながらそのデータ利活用基盤を世界に先駆けて整備することにより、新デジタル革命時代のフロントランナーとなることを目指す、とされている。
「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」は、データ利活用基盤の中でも最も核心的なものの1つである。世界に先駆けて策定された詳細な同ガイドラインでは、民間事業者等が、データの利用等に関する契約やAI技術を利用するソフトウェアの開発・利用に関する契約を締結する際の参考として、契約上の主な課題や論点、契約条項例、条項作成時の考慮要素等が整理された。データ利用に関する契約について、これほど詳細なガイドラインは世界に例を見ない。
同ガイドラインは、国内の当事者同士だけでなくクロスボーダー取引についても想定しているものの、契約を取り巻く環境は急速に変わりつつある。たとえば、IoT、AI 等の情報技術が進展する第四次産業革命を背景に、ビッグデータ等の利活用推進を目的として、いわゆる「限定提供データ」の不正取得、開示等の行為が「不正競争」行為に位置付けられ、これに対する差止請求等の民事上の救済措置が平成30年の改正不正競争防止法により新設された。また、IoTやAI等の技術革新によってデータが爆発的な増加に伴い、事業者間の垣根を超えたデータ連携により、新たな付加価値の創出や社会課題の解決が期待されているのは、日本だけではない。海外でも、データ契約への関心は高まっている。欧州でも、簡易なガイドラインが公表され、欧米ではスマート・コントラクトに関する議論がすでにはじまっている。個人情報をはじめとする重要データのクロスボーダー移転についても、EUのGDPR、中国のサイバーセキュリティ法、米国カリフォルニア州の消費者プライバシー法など、近年より急速な変化が見られ、海外事業者とのデータ契約にあたってはこうした世界の法制度に関する理解も不可欠となる。 以上のような背景を受けて、今回のワークショップでは、データ契約の未来について、専門家とステイクホルダーの方々にお集まりいただき、あるべきデータエコノミー社会に向けて議論を深めたい。
問い合わせ先:STIG教育プログラム事務局
STIG@pp.u-tokyo.ac.jp
02.04.2019