バイオエコノミーセミナー
08.29.2023

[開催報告] 第133回STIG PoPセミナー/第18回バイオエコノミー勉強会(応⽤編)「ゲノムシーケンス情報の取り扱いとABSその2」


【開催報告】
2030年までのバイオエコノミー社会の実現を掲げる「バイオ戦略」が2019年に策定されたことを背景として、本勉強会はバイオエコノミー社会に関わる様々なテーマを幅広く取り上げ、参加者の知見や議論を深めていくことを趣旨としている。前回に引き続き今回も、ゲノムシーケンス情報に関する国際的な枠組みが多様に存在する中で、全体像の解明に近づくべく、多方面からの情報・意見の交換を行った。
各報告者の報告内容の概略は下記の通りである。

◆バイオエコノミーの現状と課題・会の趣旨と多様なフォーラムにおけるDSIをめぐるABSの概要(WHOの状況を含む)
松尾真紀子 東京大学 公共政策大学院・未来ビジョン研究センター 特任准教授

前回の勉強会で紹介したように、生物多様性条約(CBD)は遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ公平な配分(ABS)を認めているが、利益配分の対象となる遺伝資源の対象として、物質に加えて、遺伝情報が含まれるか、具体的な利益配分メカニズムをどうするのかについての議論は、CBDにとどまらず、ITPGRFA(食料・農業植物遺伝資源条約)、BBNJ条約「国家管轄権外区域の生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の協定」、WHOのいわゆるパンデミック条約など様々な国際的なフォーラムにも関連する。異なるフォーラムの議論の伝播やフォーラム・ショッピングの可能性、フォーラム間の整合性を考えると、研究開発・企業活動に大きな影響をもたらしうるこの議論に様々なセクターの垣根を超えて取り組む必要がある。
 WHOの場合、病原体とそのゲノム情報(GSD)の共有に関する国際的な枠組みの議論は、過去にパンデミックインフルエンザ事前対策枠組み(PIPF)や、その枠組みとCBDの名古屋議定書との関係性において議論されてきたが、GSDについては利益配分の対象とされてこなかった。しかし、Covid-19パンデミックを受けて、改めて病原体とGSDの迅速な国際的な共有枠組みの必要性が指摘され、いわゆるパンデミック条約における議論の過程で大きな論点として議論されている。具体的には、現在起草中のWHOのパンデミック条約において、病原体アクセス・利益配分システム(PABS)の構築といった案が出されている。このパンデミック条約は2024年5月に開催されるWHO総会(WHA77)への提出に向けて活発に議論されているところである。

◆CBD/COP15におけるDSIとABSの結果概要
潮田遼 農林水産省 大臣官房環境バイオマス政策課地球環境対策室 課長補佐

CBDは目的の一つに遺伝資源の利用から生じた利益の公正で衡平な配分を掲げているが、2022年12月に開催されたCOP15において、遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)についても利益配分の対象とすること、そしてその具体的なメカニズムについては公開作業部会を設置して、2024年のCOP16に向けて検討することが決定された。その際、利益配分の発生時点やDSIの地理的起源との紐付け、非金銭的利益配分の取扱い、名古屋議定書との関係等が今後の検討事項として整理された。これらに加えて、今後の交渉においてはDSIの定義やスコープ、利益配分の法的根拠、、二国間メカニズムと多数国間メカニズムとのハイブリッドアプローチの可能性も大きな論点となりうる。
 一方、CBDの例外的取扱いとして食料・農業のための植物遺伝資源に係るABSの共通ルールを定めている食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGRFA)においても、多数国間の利益配分メカニズムにDSIを含める点等について、議論が行われているところである。CBDにおけるDSIの議論動向も注視しながら、2025年に開催される理事会(GB11)までに交渉を終結すべく、DSIの定義を明確化する必要性や具体的な利益配分メカニズム等を巡って活発に議論が行われている。

◆BBNJ協定におけるDSIとABS
西本健太郎 東北大学大学院法学研究科 教授

生物多様性の保全に関する明示的規定に欠ける国連海洋法条約と、公海と深海底は基本的に規律外である生物多様性条約の両者の補完として誕生したのが、国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下の協定(BBNJ協定)である。海洋遺伝資源(MGR)が人類共同の財産として利益配分の対象になりうるかを巡って先進国と途上国の立場が対立したが、最終的には協定成立による生物多様性の保全を優先した先進国側が妥協する形でMGRを利益配分の対象にすることに決まった。
CBDのCOP15における決定が大きく影響し、DSIもBBNJ協定の利益配分の対象にすることになった。BBNJ協定ではDSIの定義が存在しないため、CBDの議論の影響を受ける可能性があると同時に、BBNJ協定の利益配分メカニズムに関する議論がCBD側に影響を与えることも予想される。具体的なメカニズムに関しては、金銭的な利益配分は資金メカニズムを通じて行われることになり、暫定的に先進国が条約予算50%相当額を特別基金に拠出するという仕組みが採用された。恒久的な仕組みは締約国会議で決定される予定だが、MGRに関する実際の活動から生じる利益として、暫定的な仕組みの下での金銭的利益配分を超える金額が見込まれるかが焦点になる。また、200海里を超える大陸棚の鉱物資源に関しては国際海洋法条約に利益配分規定がすでに存在しているため、BBNJ協定の今後の議論に影響する可能性もある。各国による署名・批准が今後行われる予定だが、日本の批准や国内法との関係の整理等については検討が必要になる。


バイオエコノミー勉強会 (招待制/要申し込み)
第18回バイオエコノミー勉強会「ゲノムシーケンス情報の取り扱いとABSその2」

●日時:2023年 8月23日(水)13時~15時30分
●会場:Zoomによるオンライン開催
●主催:東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット(代表 城山英明)https://stig.pp.u-tokyo.ac.jp/
●共催: 「Bio-Digital Transformation(バイオ DX)産学共創拠点」(プロジェクトリーダー 山本卓)、科研A食農環境分野へのゲノム編集等先端技術応用をめぐる選択と熟議に関する研究(研究代表 立川雅司)、厚生労働科学研究費「世界の健康危機への備えと対応の強化に関する我が国並びに世界の戦路的・効果的な介入に関する研究」(研究代表 詫摩佳代)、科研B「グローバル保健ガバナンスの再構築-新型コロナウイルス感染症への対応」(研究代表 城山英明)
●スケジュール:
・バイオエコノミーの現状と課題・会の趣旨と多様なフォーラムにおけるDSIをめぐるABSの概要(WHOの状況を含む)
 東京大学 松尾真紀子(15分~20分)
・CBD/COP15におけるDSIとABSの結果概要
 農林水産省 大臣官房 環境バイオマス政策課 地球環境対策室 課長補佐 潮田遼氏(15分)
・BBNJ協定におけるDSIとABS
 東北大学大学院法学研究科 教授 西本健太郎氏(40分)+QA(10分)
残りディスカッション

参加者:72名

講演者の紹介

潮田 遼 農林水産省 大臣官房 環境バイオマス政策課 地球環境対策室 課長補佐
2023年4月1日より現職。2013年に農林水産省に入省後、主に省内における調整業務に従事。2021年から約1年半は内閣官房に出向し、低所得世帯に対する臨時特別給付金を担当。現職では、主に生物多様性条約(CBD)におけるABS(Access and Benefit Sharing)制度や食料農業植物遺伝資源条約(ITPGRFA)を担当。名古屋大学大学院生命農学研究科修士(植物病理学)。
西本 健太郎 東北大学大学院法学研究科 教授
2019年8月より現職。また、2010年8月より国立極地研究所北極観測センター教授(クロスアポイントメント)。専門は国際法・海洋法。海洋資源の保全と持続可能な利用、海洋環境の保護・保全、海洋紛争の解決等に関する研究に従事。国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)の保全と持続可能な利用に関する準備委員会会合・政府間会議で日本代表団アドバイザーを担当。履歴・業績:https://researchmap.jp/7000004436
松尾真紀子 東京大学 公共政策大学院・未来ビジョン研究センター 特任准教授
2020年4月1日より現職。現在、科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」教育・研究ユニット(STIG:Science, Technology, and Innovation Governanceプロジェクト)で、国際政治・公共政策学・リスク研究等多様な観点から科学技術と社会の交錯領域(食品安全、バイオエコノミー、国際保健等)におけるガバナンスやELSIにかかわる研究に従事。履歴・業績:https://researchmap.jp/makiko_matsuo

【バイオエコノミーセミナーシリーズの目的】OECDで2009年のバイオエコノミーに関するレポートが作成されて以来、欧米各国ではバイオエコノミーをキーワードとする政策文書が策定され、バイオエコノミーに対する機運が高まっている。日本でも「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現」することがバイオ戦略2019で謳われ、毎年バイオ戦略を更新しつつ推進していくとしている。他方、バイオエコノミーは非常に広範な概念であり、具体的な全容は十分に明らかでない。そこで本セミナーでは、国内外の動向について詳しい方々をお招きし、関係者間でバイオエコノミーの現状に関する情報共有を目的とする。その上で、日本にとってのバイオエコノミーの意義、強み、課題の検討につなげていく。