12.26.2013

【開催報告】第4回(特別回)健康・医療戦略ラウンドテーブル「世界一のシンクタンク研究者に聞く米国における最近の医療改革-日本の将来を考える」


第4回(特別回)健康・医療戦略ラウンドテーブル
世界一のシンクタンク研究者に聞く米国における最近の医療改革-日本の将来を考える

日時:2013年12月26日(木)18:30~20:00
会場:伊藤国際学術研究センター地下1階ギャラリー1
参加費:無料(要事前申込み。定員に達した場合受付を終了します)
言語:英語
主催:東京大学 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット
共催:東京大学政策ビジョン研究センター

<プログラム>
18:30-18:40 開会の挨拶と講演者の紹介
林良造 東京大学公共政策大学院客員教授/明治大学国際総合研究所所長
18:40-19:10 カヴィタ・パッテル氏による基調講演
19:10-19:40 パネルディスカッション
カヴィタ・パッテル ブルッキングス研究所経済部局医療政策部門 研究員/マネジングディレクター
林良造 東京大学公共政策大学院客員教授/明治大学国際総合研究所所長
モデレーター 佐藤 智晶 東京大学公共政策大学院/
政策ビジョン研究センター併任特任講師(モデレーター/ブルッキングス研究所経済部局医療政策部門 客員研究員)
19:40-19:55 Q&A
20:00 閉会

【開催報告】
はじめに
第4回(特別会)となる今回のラウンドテーブルでは、最近話題となっているオバマケアの現状と展望に加えて、イノベーションを支援するという観点から米国で議論になっている医師の報酬問題について検討した。最新のシンクタンクランキングで世界最高峰と評価されているブルッキングス研究所経済部局医療政策部門(Engelberg Center for Healthcare Reform, Economic Studies at the Brookings Institution)から医師であり、医療政策の第一人者Kavita Patel氏をお招きした今回は、クリスマス休暇中にもかかわらず会場にお越しくださった聴衆の方々との間で自由な質疑応答も見られた。
今回のラウンドテーブルは、前回までと同様、ブルッキングス研究所で日常的に行われているセミナーを意識して開催した。実際の政策立案者と関連する実務家ないし研究者を交えて、今まさに起きている問題についてカジュアルな議論を行った。従来とは異なり、基調講演の後に一度質疑応答の時間を取って、その後、パネルディスカッションに入った。パネルディスカッションでは、指定討論者として林良造東京大学公共政策大学院客員教授に加わっていただいた。

<Patel博士の基調講演(概要)>
 自分はホワイトハウスにおいて医療改革法である”Affordable Care Act”(いわゆるオバマケア実現のための法律)に関係する仕事をしていた。オバマ大統領は、「オバマケア」と呼ばれることを当初望んでいなかったものの、今はむしろ「オバマケア」という呼称を喜んでいるようでもある。
 オバマケアには3つの原則がある。1つはアクセスの向上。全人口の6人に1人が医療保険を持っていないのが米国であり、この点は日本と米国が決定的に異なる。実のところ、オバマ大統領は日本の医療制度に関心を抱いていた。オバマ大統領はG20サミットで安倍首相会談した際、国民皆保険制度が日本にとっていかに重要であるかを聞き、わたしに日本の医療制度についてメモを作成するように命じた。オバマ大統領は、米国が実現できていないことをなぜ日本が実現できているのか理解しようとしていたのである。要するに、オバマケアの第一の原則はすべての米市民に皆保険を提供することであった。
 2つ目の原則はコストの削減で、3つ目は医療の質の向上である。わたしがランド研究所にいたときに行った研究がニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン誌に掲載された。その結果は衝撃的で、米国で提供されている医療の役半分は平均的な医療の質を下回っているということだった。米国という大きな国で提供されている医療の半分、その規模は大変大きいが、その質が低く平均を下回っているというのは穏やかな話ではない。だからこそオバマ大統領は、医療改革に集中し、莫大なお金をかける法案を通そうとしたのである。医療改革法案の費用は、およそ100兆円と推計されている。オバマ大統領は100兆未満に費用を抑えようと望み、我々スタッフはその方策を探していた。これはまさに今日本が直面していることであり、米国も同じことをしているのである。2014年1月1日は、2010年に法案が可決成立して以来、実にとても重要な日である。何百万人もの米国市民にオバマケアによる新しい医療サービスが保障される最初の日、それが2014年1月1日である。
 今後について話しておきたい。医療保険マーケットに関するウェブサイトのダウンは当然と言えば当然、致し方ない。はじめて多くの人がウェブサイトで医療保険へのアクセスを手にし、そして医療提供を受けられるようになる。実際の医療提供の現場でも、おそらく問題は起こるかもしれない。
 もう1つはコスト削減の話である。コスト削減については2010年から4年間にわたって議論してきた。2つの方法がある。1つは、医師ではなく医療機関への報酬を引き下げるという案(米国では医師と医療機関への支払いが別々になっており、ごくごく簡単にいうと、60%は医療機関、15%は医師、残りが医療関連製品メーカーに支払われている計算)。オバマケアは、医療機関で生じている入院関連コストの効率化を図ることに重点を置いている。具体的には、適格のない30日以内の再入院にサンクションを設けることなどが政策として導入されている。
 もう1つのコスト削減の方法は、医療提供体制の改革である。医療提供者の数が不足していることに鑑み、米国では遠隔医療、モバイルヘルスの活用などが検討されている。対面診療の原則は大切であるが、もはや持続可能な状況にあるとはいえない。
 もう1つ付け加えると、医療の質の向上に対して支払いをするという考え方、いわゆる”pay for performance”である。経済的なインセンティブを医療の質の向上にリンクさせることで、医療は変わるものと思われる。医師として、経済的なインセンティブが重要なのはアメリカばかりではなく日本も同様だと思うし、われわれはお互いに医療改革について学びあえるはずだ。
 最後に、いくつか今後の米国における論点だけ指摘して終わりたい。医療改革には時間がかかるものの、政治はダイナミックである。高齢者向けに価格の抑えた医薬品の提供は重要だが、他方で、医薬品開発の原資が減ってしまうことを意味するため、規制改革などで医薬品メーカー等へのサポートはいるだろう。
 医師の診療の質についても、向こう5年間で驚くほどインターネット上に公表される時代がくるかもしれない。
2020年までに問題はメディケイド(低所得者向け公的医療プログラム)に移る。メディケイドの責任は州にあることから、財政破たんする州も出てくるかもしれない。

<まとめ>
 健康・医療分野の政策を考えるとき、米国は日本とはかけ離れた制度を採用しているから参考にならない、そんな話はもう昔のことだと言わざるを得ない。2010年に連邦議会が医療改革法を可決・成立させたことを受けて、米国でもアクセスを高め、医療の質を向上させ、さらにコストを削減することは大きな課題になっている。それは、まさに日本が直面していることそのものである。米国の挑戦は、国民皆保険制度をすでに実現しているわが国にとって、医療の質の向上やコストの削減の面から極めて参考になるだろう。
 医療を含む社会保障というのは、最も政治的なものでありながら、最も政治的に扱われてはならないものだとされている(たとえば、小野太一「社会保障は最も政治的なものである。そして社会保障は最も政治的に扱われてはならないものである。 : 社会保障議論の「器」の考察」社会保障旬報2499-2501号(2012年)。健康で長く生きたいというすべての人の希望を叶えるために必要不可欠の制度だからこそ、議論は図らずも政治的なものとなり、逆に政治的にのみ決められると将来に禍根を残す、ということだろう。この言葉も、日本のみならず米国にも当てはまる。目を背けたくなるような厳しい財政状況でも、我々は十分なアクセスを維持し、医療の質を高め、それでいてコストを削減する方策を検討し続けなければならない。
 米国がかけ離れた制度である日本の医療制度を検討したうえで医療改革法を起草していたというのは、我が国にとっても勇気づけられる話である。我が国でも余談にとらわれず、あらゆる知見を駆使して医療改革に取り組むべきことを痛感するワークショップになった。

東京大学公共政策大学院特任講師 佐藤 智晶

問い合わせ先:東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)事務局
STIG@pp.u-tokyo.ac.jp