04.07.2017

[開催報告]国際シンポジウム:食・農分野におけるゲノム編集に関する米欧の現状


日時:平成29年2月3日(金) 10:00〜12:45
会場:東京大学本郷キャンパス ダイワユビキタス学術研究館 ダイワハウス石橋信夫記念ホール

【プログラム
司会進行 松尾真紀子(東京大学政策ビジョン研究センター・特任助教)
10:00 開会 立川雅司(茨城大学農学部・教授)
10:10-11:00 Keynote 1
“From Genetic Engineering to Gene Editing: U.S. Governance Perspective”
Dr. Jennifer Kuzma(North Carolina State University, USA) 
11:00-11:50 Keynote 2
“HCB and EC current views in the field of new techniques: A scientific perspective”
Dr. Jean-Christophe Pages(High Council of Biotechnology, Scientific Committee, France
11:50-12:00 -休憩-
12:00-12:40 パネルディスカッション
パネリスト:登壇者及び、立川雅司(茨城大学農学部・教授)、岸本充生(東京大学公共政策大学院・特任教授)
モデレーター:松尾真紀子(東京大学政策ビジョン研究センター・特任助教)
12:40 閉会 城山英明(東京大学公共政策大学院・教授)

【開催報告 松尾真紀子(東京大学)】
2017年2月3日、東京大学本郷キャンパス(大和ユビキタス学術研究館)にて、食・農分野におけるゲノム編集に関する欧米の現状に関する国際シンポジウムを開催した(注1)。昨今、医学、農業・食品等様々な分野でゲノム編集技術の適用に対する期待が高まっている。こうした期待とともに、その管理・規制のあり方を巡る議論もなされている。本シンポジウムは、特に食・農分野における実社会への導入における現状と課題を欧米等の議論を踏まえて、国際調和を念頭に議論することを目的として開催した。
まず米国と欧州の状況に関する基調講演が行われた。当初米国については、ノースカロライナ州立大学(North Carolina State University, USA)のジェニファー・クズマ(Jennifer Kuzma)氏が登壇予定であったが、急きょご本人の都合により参加できなくなったことから、司会の松尾真紀子(東京大学政策ビジョン研究センター・特任助教)が本人の承諾を得て、「ゲノム工学からゲノム編集へ:米国のガバナンスの観点から(From Genetic Engineering to Gene Editing: U.S. Governance Perspective)」を自らの解釈に基づき紹介した。

現行の米国のバイオ規制は、現在に至るまで1986年の規制の調和的枠組みに基づく。農務省(USDA)、食品医薬品局(FDA)、環境保護庁(EPA)の3つの省庁の既存の法的枠組みにより管理されており、結果として最終製品ごとに所管が異なる。クズマ氏は、遺伝子組換え(GM)の統合的な監視・監督(oversight)の必要性を論じ、また、その監視・監督が技術の進展スピードに見合っているのかについて、これまでも多様な指標とその歴史的経緯から分析を行ってきた。そしてリスクは多義的であり価値判断も伴うこと、科学の不確実性の取り扱いはバランスが重要であること、また透明性や公衆のインプットの機会が十分に確保されることが重要であることを指摘した。特に現在はゲノム編集の技術レベルが新たな段階に入っており、従来の監視・監督の仕組みでは十分な対応ができないのではないか(注2)、と問題提起した。また、そうした主張を裏付ける事例として遺伝子組み換え蚊の話や、将来的な技術の問題としてジーン(遺伝子)ドライブに関してノースカロライナ州立大学が取り組んだ熟議的ワークショップの紹介も行った。オバマ政権下では2015年に上記主要規制官庁(USDA、FDA、EPA)に対して、バイオ製品に関する規制システムの更新を求めた。これに対して、調和的枠組みのアップデート(Update to the Coordinated Framework for the Regulation of Biotechnology)が提示されたが、そこでは意味のある変更はなく、せっかくの機会を生かすことができなかったともコメントしている(注3)。さらに、2017年の1月、USDAが遺伝子組換え規制改訂案を、FDAが動物におけるDNAの意図的改変に関する産業向けガイダンス案、食用植物におけるゲノム編集利用に関する意見募集、蚊に関連した製品に関する産業ガイダンス案の3つの案を、それぞれ提示した(注4)が、今後トランプ政権が政権移行直前に提示されたこれらの素案に対してどのような扱いをすることになるのかは注視が必要である。最後に、将来のバイオ製品の監視・監督(oversight)は、ソフトなアプローチ(自主的な取り組み等)とハードなアプローチ(義務を伴う規制等)の相互往来がダイナミックに展開できるようにすべきで、柔軟さ、調整、包括性を備えたものであるべきであると指摘された。


続いて、欧州とフランスにおける政策について、ジャン・クリストフ・ペイジス(Jean-Christophe Pages)氏より「新たな技術に対するバイオテクノロジー高等審議会(HCB)と欧州委員会の見解:科学的観点から(HCB and EC current views in the field of new techniques: A scientific perspective)」の発表がなされた。HCBはフランス政府のバイオテクノロジーに関する諮問機関で、科学委員会と経済倫理社会委員会から成る。ペイジス氏は科学委員会委員長を務めている。プレゼンでは、昨今の新規技術に関するEUと加盟国レベルでの状況について論じた。GMOに関して、EUでは環境放出指令(2001/18/EC)で規制されており、ゲノム編集を含む新たな技術の科学的な評価については新技術検討ワーキンググループ(NTWG)をはじめ、英国のACREやオランダのCOGEM、域外でも豪州・NZのFSANZ等、すでに多くの見解が提示されているとした。しかし欧州レベルでの管理規制上の判断・環境放出指令における取扱いは依然として確定していない。ペイジス氏は新規技術の中でも、SDN(Site Directed Nucleases)の3つのタイプのうち、SDN1、SDN2の取り扱いに関する各主体の科学的評価を比較して紹介した。科学的な評価としては、例えばNTWGやIPTS等多くの報告書がSDN1およびSDN2が環境放出指令の適用から除外の対象となるのではないかとしたが、ACREは除外対象にないとした。またこうしたプロセスから技術をとらえていない国として、米国(技術のプロセスでなく最終製品に基づいている)、カナダ(新規の形質を持つものはすべて対象)、アルゼンチンについて紹介した。それらを踏まえたうえで、フランスでの状況について論じた。フランス政府は、HCBに対して、検知可能性、当該製品に用いられた技術の特定可能性、表示をするためのトレーサビリティの手段、非GMとの共存における課題、当該技術に由来する特別なリスク等について諮問し、現在報告書を作成しているところである(※なお、この報告書は2017年3月ごろに公開予定とされている)。技術に由来する特別なリスクについては、例えばオフターゲット効果などが指摘されるが今後技術的な改善が見込まれると指摘した。HCBが強調したのは、変異を特定することと技術の特定は別であること、表示はあくまで政治的な意思に基づくことになるがそれは分子レベルで実行できるものなく書類ベースとなるということ、また外挿DNAが植物に残存するか、新たな形質が新たな機能を付与するのかが非常に重要であること等であることを指摘した。そして、新たな技術由来の作物の取扱いを念頭にしたフローチャートを提示した。それは分子レベルの分析に関する最低限の書類をまず提出して、それを既存の環境放出令の適用外の付属文書と同じ扱いにするのか、あるいは既存のGMOと同じ扱いにするのか、従来の育種とみなすのか判断するというモデルである。
その後、立川雅司氏(茨城大学農学部・教授)、岸本充生氏(東京大学公共政策大学院・特任教授)がコメントを述べ、基調講演をしたペイジス氏に加え、松尾真紀子の司会によりパネルディスカッションを行った。


まず、立川氏から日本の現状についての紹介がなされた。日本では政府が進める研究開発プロジェクトを中心に、トマト、稲、魚など様々な農林水産物に開発がなされている。ゲノム編集由来の生産物について、学術会議の「植物における新育種技術(NPBT)の現状と課題」や、農林水産省の「新たな育種技術研究会」等で学会や専門家が検討し、外来遺伝子が導入されていない場合は従来の育種慣行によってできる農作物とみなせるとこれらの報告書では指摘されていることを紹介した。ただし現状では、そうした生産物の管理について、国内では事前相談手続きに基づくケースバイケースの対応がなされており、法的に明確な位置づけはまだなされていないとした。
次に、岸本氏がイノベーションと規制の観点からコメントをした。新興技術の管理規制においては、これまで何か事件や事故が起きてから過剰な規制が講じられて技術開発や製品化にブレーキがかかってしまうということがしばしば見られた。しかしイノベーションは規制と両立することを指摘し、技術の発展段階に応じてイノベーションを促進するような枠組みを検討することが肝要であると述べた。そのためには、レギュレーターとイノベーターが監視組織・体制において、どのような関係性を持つか(独立か一体か)といったことも検討が必要であると指摘した。


ディスカッションでは、社会における信頼構築、社会受容とコミュニケーションが重要であること、また、適切な監視体制のバランスが重要であること等が議論された。特に、新たな技術のガバナンスという観点では、ゲノム編集に限らず、他の技術、例えば同じく定義の問題を抱え、適用先が多様であるナノテク等における議論やその教訓をグローバルに検討する、といった作業も必要であるということが論じられた。会場との間で活発な質疑がなされた。当日は90名の参加があった。

注1)本シンポジウムは、JST産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「ゲノム編集」産学共創コンソーシアム(領域統括:山本卓)、東京大学 政策ビジョン研究センター 複合リスク・ガバナンスと公共政策研究ユニット・技術ガバナンス研究ユニット、農林水産省委託プロジェクト「新たな遺伝子組換え生物にも対応できる生物多様性影響評価・管理技術の開発」(研究リーダー:與語靖洋)及び、東京大学 公共政策大学院 STIGプロジェクトの共同主催によりとりおこなった。
注2)Kuzma, J. (2014) “Properly Paced or Problematic?: Examing Governance of GMOs” in Innovative Governance Models for Emerging Technologies, Editors Gary Marchant, Kenneth Abbott and Braden Allenby. Edward Elgar
注3)Kuzma (2016), “A missed opportunity for U.S. biotechnology regulation”, Science, Vol. 353, Issue 6305, pp. 1211-1213
注4)今回の米国における各修正案については立川氏(茨城大)より補足がなされた。

問い合わせ先
東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)事務局
STIG☆pp.u-tokyo.ac.jp(☆を@に置き換えてください)