リスク・ガバナンス国際シンポジウム
高レベル放射性廃棄物のリスク・ガバナンス:ドイツと日本における経験と挑戦
日時:2016年9月6日(火)13:10-15:40
会場:東京大学情報学環・ダイワユビキタス学術研究館 ダイワハウス石橋信夫記念ホール(3階)
講演:Ortwin Renn氏(シュツットガルト大学・教授)講演資料
近藤駿介氏(原子力発電環境整備機構・理事長)講演資料
参加者:108名
言語:日本語/英語(日英同時通訳あり)
主催:東京大学科学技術イノベーション政策の科学(STIG)
共催:東京大学政策ビジョン研究センター(複合リスク・ガバナンスと公共政策研究ユニット)、一般社団法人日本リスク研究学会
【開催報告】
本国際シンポジウムは、高レベル放射性廃棄物の問題を、リスク・ガバナンスという視点からとらえた場合の論点について、ドイツと日本のこれまでの経験を共有し、今後必要となる合意形成プロセスにおける課題とありうる展開についての議論を行うことを目的として開催された。
Renn氏からの報告では、第1部として、高レベル放射性廃棄物(HLW)の地層処分のリスクの特徴を、複雑性(complexity)と不確実性(uncertainty)とあいまいさ(ambiguity)という3点から整理し、そこから導出される課題が挙げられた。第2部ではリスク認知に関する実証的な研究事例が紹介された。それらの特徴は、処分の必要性は認めるものの、自宅の近隣への建設には大部分の人が反対するという態度である。そして第3部ではリスクガバナンスのための制度的な仕組みとして、まず3つの主要なオプションを挙げた。1つ目はトップダウンの意思決定、2つ目が何とかやり抜く(muddling trough)、3つ目が熟議参加型アプローチであり、地層処分リスクの特性からして3番目の熟議参加型アプローチが必須であり、ドイツの2011年以降の政策はそこを目指していることが示された。ドイツでは、長年、HLWの地層処分場の建設予定地であったゴアレーベンでの反対運動が激化したことを受けて、2013年には「高レベル放射性廃棄物最終処分場の探索と選定のための法律」が制定され、ゴアレーベンでの最終処分場調査の白紙化と他の候補地を再選定することが正式に決定された。連邦議会により設置された「高レベル放射性廃棄物処分委員会」から2016年7月に700ページ近い最終報告書が発表され、可逆性と回収可能性を確保しつつ、3段階のサイト選定プロセスとともに、報告書のタイトル「公平かつ透明性の高い手法」にあるように、市民参加を重視するものとなった。
近藤氏からは日本におけるHLWの地層処分を巡るこれまでの経緯が詳細に示された。1976年に研究開発が開始され、法律が2000年に制定され、それに基づきNUMO(原子力発電環境整備機構)が設置された。3段階のサイト選定プロセスが定められ、たもの、自治体からの応募さえない状況が続いていた。そこで経済産業省の側から調査の申し入れを行うプロセスの検討を始めた矢先に福島第一原子力発電所事故が発生した。震災前に原子力委員会から諮問を受けていた日本学術会議からは2012年、「暫定保管」と「総量管理」を含む提言がなされた。2014年にはエネルギー基本計画が改定され、地層処分には可逆性と回収可能性が担保されることになった。経済産業省の総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会に放射性廃棄物WGが2013年10月に設置され、改めて最終処分のあり方が議論されることになり、2014年5月に中間とりまとめが提出され、最初に国が科学的有望地を選定・提示するプロセスを加えることなどが提案された。2015年5月には特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針が改定され、国の役割が全面的に強調されたものとなった。また、地層処分WGから提示された「科学的有望地の提示に係る要件・基準の検討結果」が2016年8月にパブリックコメントにかけられたところであった。
日本とドイツは、地層処分地選定において同じスタートラインに立ったことになり、期せずしてこのようなタイミングでのシンポジウムの開催となった。パネルディスカッションの部では、両国で目指している参加型アプローチの具体的な形はどのようなものか、リスクのガバナンスのあり方、リスク議論の際のフレーミング、などの興味深い観点について議論が行われた。この中で、制度的仕組みは国ごとに異なり、ドイツの場合は政府が地層処分まで責任を持つことになっているのに対して、日本では、国の役割が増したものの、あくまで民間(NUMO)が責任を持つことになっているという違いも指摘された。最後に、Renn氏に、今後必要な社会科学的な研究はどのようなものかと尋ねたところ、人々がどのようにリスクやベネフィットを認識するかに関する研究、公共的意思決定に組み込まれている社会文化的文脈を明らかにする研究、社会的合意に導く構造化された意思決定プロセスを定める研究の3つが挙げられた。
これらの発表とパネルディスカッションを踏まえて、谷口教授より以下の総括がなされた。福島事故以後、HLW処分問題は原子力利用の文脈を超え他の社会政治経済問題とも相互関連し、一層困難かつ複雑化している。そのような状況のなか、NUMOを始め関係機関が対話活動を進めているが、そこでは事業の進展に沿って漸進的に対処するという可視的、短期的視野からだけでなく、リスク問題の時間フレームである中長期的視野からの対話も必要であり、政府が一体となり取り組む体制(whole-of-government approach)が社会に見えることが重要であると指摘した。Renn氏が指摘した複雑性や科学的不確実性の理解には継続的かつ学際的な知識の生成活動が、社会的不確実性には継続的なフォーサイト活動が必要であり、関係機関の強い意志と資源の動員・集約が鍵となる。また、HLW処分問題が直面する解釈的曖昧性に対しては専門家間の、規範的曖昧性に対しては様々な利害関係者間での対話・熟議が重要であると論じた。
そして原子力が抱える問題の多くは、技術で解決するのではなく、むしろ知識生成やリスク判断・決定などにおいて恊働的プロセスを可能とする社会的な仕組みに変更することにより解決できる可能性が高い点を強調した。その観点から、今後ドイツにおけるサイト選定プロセスを監視する社会諮問委員会がどのように公衆参加の実現を図っていくのか注目し、我が国も学んでいくことが大切であるとした。そして、リスクガバナンスの観点からは自然科学・工学的アセスメントからの知識だけでなく、人文社会科学的アセスメントからの知識も合わせ、ホリスティックな視点から判断することが決定の持続性や実効性を高めるとした。前者の活動は今後も着実に進展するだろうが、我が国では後者の活動を早急に立ち上げ、継続的に人材育成も含め取り組んでいくことが必要であり、大学が果たす役割は大きいと認識したと締めくくった。
【プログラム】
13:10-13:15 開会挨拶 城山英明(東京大学公共政策大学院 教授、STIG教育プログラム代表)
13:15-14:00 基調講演1 ”Governing Radioactive Waste Disposal: Processes for Resolving a Wicked Problem”
Ortwin Renn教授(シュツットガルト大学)Ortwin Renn教授講演資料
14:00-14:45 基調講演2 ”Japan’s Policies and Activities for Deep Geological Disposal of HLW &
TRU Waste and the Stakeholder Engagement Activities Related”
近藤駿介氏(原子力発電環境整備機構 理事長)近藤理事長講演資料
14:45-14:50 休憩
14:50-15:30 討論
高レベル放射性廃棄物処分のリスクガバナンスと社会科学的な課題
モデレータ:岸本充生(東京大学公共政策大学院・STIG教育プログラム特任教授)
討論者:Ortwin Renn、近藤駿介
15:30-15:40 閉会挨拶 谷口武俊(東京大学政策ビジョン研究センター 教授)
問い合わせ先:
東京大学STIG教育・研究ユニット
STIG[at]pp.u-tokyo.ac.jp
※[at]を@に変えて送信してください
08.01.2016