教員紹介

求められる妥協点を見つけるために

東京大学大学院 情報学環
教授 佐倉 統

 3.11東日本大震災と原発事故以来、科学や技術の専門家に対する信頼感が大きく低下した。たしかに、水素爆発はないと原子力工学者が断言した直後に原子炉は爆発し、この地域は線量は低いからみなさんの健康に問題はないと放射線医師が宣言した数日後に全村避難命令が国から出される。こんなことが続けば、誰でも専門家の言うことや行政のすることを信じられなくなるのは当然だ。

 しかし、このような「はずれ」がなければ、科学者の言うことは信じられていたかといえば、決してそんなことはない。原発事故の以前から、科学技術に不信をいだく人は常に一定の割合で存在していた。ホメオパシーなどの疑似科学を信じる人、予防接種ワクチンを回避する人、エイズの原因はウイルスではないと主張する人……。平常時には、これらは「ちょっと(あるいは大いに)困った人たち」ですんでいたのが、震災と原発事故という大災害によって、一挙に事態は拡大し、噴出した。けれども、問題の原因は、原発事故以前から潜在的に存在していた。事故は、それを顕在化させたのである。

 人間と科学技術とは、根本的に相性が悪いところがあるようだ。近代の科学技術が暴走して人類はそれを止められなくなった、という人がいる。しかし、科学技術を暴走させたのは、させているのは、人間だ。原子力発電所が勝手に事故を起こしたわけではない。にもかかわらず、人々は科学技術が勝手に人間の手を離れて暴走して、その結果、自分たちが不幸にされていると考える。こんな無責任な話はない。

 そして一方で、このような近代科学技術や医療なしには、人々の生活が成り立たないというジレンマがある。

 このジレンマをかかえつつ、どこかで妥協点を見いだすこと。それが現代の人々に(否応なしに)求められていることである。科学技術コミュニケーションとは、この妥協点を人々が見つけるためのお手伝い作業なのだと思う。そして、そのような作業ができる人が、ひとりでも巣立ってくれれば、と思っている。