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12/04
2013

【開催報告】健康・医療戦略ラウンドテーブルキックオフ「医療の国際展開をグローバルヘルスという視点から考える」


健康医療戦略ラウンドテーブル2013 キックオフミーティング
「医療の国際展開をグローバルヘルスの視点から考える」開催報告

日時:2013年10月31日(木)10:00~11:30
会場:伊藤国際学術研究センター地下1階ギャラリー1
主催:東京大学 科学技術イノベーション政策の科学(STIG)教育・研究ユニット
共催:東京大学政策ビジョン研究センター

キックオフミーティングとなる今回のラウンドテーブルでは、医療の国際展開についてグローバルヘルス(国際保健)の視点から検討した。今回のラウンドテーブルで着目したのは、(1)医療の国際展開における外交的なアプローチがどのようなものか、そして(2)アンメッドメディカルニーズを解消するための官民パートナーシップ(Public Private Partnership, PPP)の役割の主に2点である。「日本再興戦略」と「健康・医療戦略」のもとでは成長戦略のための通商がどうしても重視されるところ、それら2つの戦略とは車の両輪の関係に立つ「国際保健外交戦略」に注目するのが今回のワークショップの目的であった。
今回のラウンドテーブルは、昨年の医療イノベーションワークショップに引き続く活動であるが、実際には決定的に異なる試みである。実際の政策立案者と関連する実務家を交えて、今まさに起きている問題についてカジュアルな議論が目指されているのが、今回のラウンドテーブルということになる。
今回は、小沼士郎氏(外務省国際協力局国際保健政策室長)とスリングスビー B.T.氏(グローバルヘルス技術振興基金CEO)の2人をお招きした。医師でもある小沼士郎氏は、2011年(平成23年)9月30日に外務省国際協力局内に設置された国際保健政策室の初代室長として活躍している。また、スリングスビー B.T.氏が率いているのは、2013年4月に設立された一般社団法人グローバルヘルス技術振興基金(英語表記:Global Health Innovative Technology Fund、略称:GHIT Fund)である。GHITは、日本政府、民間企業、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が共同設立した、日本初のグローバルヘルスに貢献する官民パートナーシップであり、開発途上国に蔓延する感染症の新薬やワクチン等の新しい医薬品の研究開発、および製品化の促進を目的としている。

小沼士郎氏の基調講演
林良造客員教授の開会の挨拶に引き続き、小沼氏は、国際保健に関する政策の動向について、ミレニアム開発目標から国際保健外交戦略策定までの流れを簡潔明瞭に講演された。
スタートとして重要なのは、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)である。MDGsは、開発分野における国際社会共通の目標のことで、2000年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられた。MDGsでは、極度の貧困と飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標が掲げられており、その中には目標4:乳幼児死亡率の削減、目標5:妊産婦の健康の改善、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止、目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進が含まれている(外務省「ミレニアム開発目標(MDGs)とは」, available at http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/about.html)。
次のフェーズは、国連事務総長主催の非感染症に関するハイレベル会合(United Nations high-level conference on non-communicable diseases (NCDs)である。2011年9月に開催されたこの会合を機に、従来、国際保健の関心の中心であった感染症だけでなく、非感染症にも関心が高まるようになった。世界で毎年死亡する方(5700万人)のうち60パーセント超(3600万人)が感染症ではなく非感染症で死亡している現実に鑑み、同会合では、心疾患、がん、慢性呼吸器疾患、糖尿病という4つの非感染症のリスクファクターを軽減するために、政府、産業界、市民社会によって2013年までにさまざまな取り組みが行われるべき、との宣言が合意された。
その後、国際保健の領域はさらに広がりをみせている。近年、「ユニバーサル・ヘルスカバレッジ」(UHC: Universal Health Coverage)という新しい概念が提唱された。UHCは、多くの人がより低い自己負担額で一定の医療サービスにアクセスできる医療の仕組みのことをいう。WHOのディレクター・ジェネラルであるマーガレット・チャン女史は、UHCを公衆衛生分野で強力に推進してきた人物である。2010年のワールド・ヘルス・レポート「Health Systems Financing: the Path to Universal Coverage」によれば、UHCの障壁として医療財源の不足、適切な保険制度の欠如、医療資源の無駄使いが挙げられていて、障壁の克服のためには十分な医療財源を確保すること、患者自己負担額への過剰な依存を減らすこと、衡平性と効率性を向上させることの3点が示されている。
上記の大きな流れを受けて2013年5月に策定されたのが、我が国の国際保健外交戦略である。同戦略における2本の柱を挙げると、第1の柱が「開発と保健における主流化」、第2の柱が「二国間援助の推進」である。開発と保健における主流化では、まず2013年9月末に開催された国連総会が大きい。安倍総理より、一般討論演説において、女性を対象とする保健医療分野の取組に力を加えることや、UHCを推進する旨の発言がなされている。第2の柱としては、2013年10月はじめに開催された第16日ASEAN首脳会議が重要である。安倍総理より、基本的な保健医療サービスへのアクセスに対する新たな協力が示され、ASEAN側からは感謝と期待が表明された。
国際保健に関連する重要な話題として、ミレニアム開発目標8EとTRIPS協定第31条がある。目標8Eは、製薬会社と協力して、開発途上国において人々が安価で必要不可欠な医薬品を入手できるようにする(Product Development Partnership)ことをいい、グローバルファンド、ビルゲイツ・ミランダ財団、GAVIファンドなどの支援を受けた医薬品開発や供給が急速に進んでいる。我が国のグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)によるグローバルヘルスへの貢献も、その一例である。
他方、TRIPS協定第31条は、強制実施許諾等について、「主として国内市場への供給のために許諾される」旨定めている(未発効のTRIPS協定改正議定書では、医薬品生産能力のない国が他国から輸入できるように、国内市場以外への供給も一定の条件で許容する仕組みを模索)。
最後に、小沼氏は官民パートナーシップについて、かの有名な1987年の「ウォール街」の続編映画の一節を引用した。「Greed is not only good, but it is legal.(強欲は善であるだけでなく、合法だ。)」利益があるから、もっと露骨に言えば利益を上げられるからこそ、ヒトはゴールに向かって行動でき、利益を得ることは合法であるという。そのことは、製薬企業にも当てはまる。「欲」というインセンティヴさえもむしろ利用して、官民パートナーシップによる国際保健の推進を図って行くことが、より多くの患者を救うことになりうるのではないだろか。また、それがイノベーションの創出にも繋がるのではないか。

スリングスビー B.T.氏によるプレパネル・プレゼンテーションの要旨
スリングスビー氏は、途上国の感染症予防や治療に関する新薬開発を促進するために設立された我が国初の官民パートナーシップの意義と今後の可能性について、明快に説明された。
世界におけるHIV患者全体は3400万人、死亡者数は170万人、マラリアに至っては新規感染者数が2億1900万人、死亡者数は66万人、結核については新規感染者数が870万人、死亡者数は140万人となっており、いまだ世界で大勢の方が苦しんでいる。
顧みられない熱帯病の問題も、医学や薬学が発展した現在でもいまだ解決されていない。熱帯病に感染している方は世界で10億人以上(世界の7人に1人)、熱帯病の感染リスクがある方にいたっては30億人(世界の7人に3人)以上にも上るからである(Neglected Tropical Diseases)。このように世界、とりわけ途上国には、アンメッドメディカルニーズが現に存在している。
しかしながら、途上国の感染症のために開発された新薬は、新薬の総数(1995年〜2004年までに世界で開発された新薬の総数1556)のわずか1.3パーセントでしかない。途上国の感染症の場合、医薬品開発の需要供給サイクルがうまく機能しないからである。需要はあれど、投資リターンが見込めない状況では研究開発のための投資が行われず、製品化、製品供給、消費、治療というサイクルが回る余地がなかった。
このような状況を打開したのが、新しい官民パートナーシップである。たとえば 髄膜炎を例にして説明したい。髄膜炎については効果的なワクチンがなく、髄膜炎が蔓延する国に低価格でワクチンを提供することが課題となっていた。そこで、ビルゲイツ・ミランダ財団、WHO、ワクチンメーカー、FDAに加えてUSAID、CDC、GAVI Alliance、UNICEFなどが協力して、アフリカ諸国にワクチンが提供された。効果は絶大であった。具体的に言えば、ワクチンを受けた人々が5450万人、10年を経て防止された髄膜炎の症例は43万7000人、救われた命は4万3500人、後遺症を免れた人々は10万人以上となっている。
さて、日本の貢献はどうかというと、これまでのところ必ずしも十分に大きくはなかった。日本の新薬開発数は世界第3位 (2005年〜2008年)にもかかわらず、途上国の感染症に対する研究開発費について各国拠出額でみると20カ国中14番目、研究開発費の対GDP費でみると20カ国中なんと19位であった。世界から見た日本のグローバルヘルスR&Dの貢献度は、ポテンシャルから考えると現状極めて小さいということになる。
日本発のイノベーションで世界を変えるために設立されたのが、GHITである。GHITへの期待は、英国ランセット誌(2013年9月14日号)に掲載された安倍総理寄稿「我が国の国際保健外交戦略-なぜ今重要か-」でも言及されている。
GHITは、グローバルヘルスR&Dに対する支援を通じて、日本と海外の共同研究開発を促進し、日本のイノベーションを創出、そして究極的には開発途上国の感染症を制圧することを使命としている。すでに、第1回目の研究開発助成案件を終えており、計6件(マラリア4件、結核1件、顧みられない熱帯病1件)を助成することにした。

まとめ
医療の国際展開を推進するに当たってグローバルヘルスの視点から世界の動向を注視することは必要不可欠である。感染症から非感染症へと関心が移りはじめたこと、ユニバーサル・ヘルスカバレッジという概念が少しずつ浸透しつつあること、さらには官民パートナーシップによる医薬品開発が急速に進められている状況は、我が国が医療の国際展開を進める上での当然の前提となる。このような世界の大きな潮流に日本が乗るためにも、国連総会やAPEC等のフォーラムが極めて重要である。また、日ASEAN首脳会議をベースとする二国間援助の推進も鍵になるだろう。
新しい官民パートナーシップの形であるGHITの設立は、これまで企業から十分な関心を払われなかったアンメッドメディカルニーズ、とくに途上国の感染症の問題にとって極めて大きな前進であると同時に、我が国からのイノベーション創出にとっても重要な意味を持っている。GHITは、グローバルな資金とグローバルな知見を駆使して途上国の感染症を制圧するために研究開発に助成する。そのことが、我が国の世界への貢献を示すと同時に、放棄されていたイノベーション創出の機会を発掘することになる。
このような医薬品分野の取り組みは、医療機器等の医療関連製品にも十分に参考になるだろう。
最後に、グローバルヘルスという枠組みで検討すべき課題は実は思いのほか多い。開発や援助だけでなく、たとえば医薬品特許、UHC、ICH、AHWP(医療機器分野のアジアハーモナイゼーションワーキングパーティ)、OECDのSHAなど、より広い視野を持つべきである。医療の国際展開をグローバルヘルスの視点で考えることは、開発や援助だけで医療を語ることではない。

東京大学公共政策大学院/政策ビジョン研究センター併任 特任講師 佐藤 智晶